また家族に迷惑をかけてしまいました

死のう。死のう。
死ぬことばっかり考えてました。

死

私が死に場所に選んだのは、北海道です。
今じゃ北海道にも新幹線で行ける時代。
青函連絡船はもうありません。
上野発の夜行列車降りた時から、青森駅は雪の中
北へ帰る人の群れは誰も無口で、の北は、北海道のことですよね。
確か。違ったかな?
上野発の夜行列車を降りた人の群れは、青函連絡船に乗って、北海道に帰っていくんですよね?
青函連絡船が着くのは函館。
はーるばる来たぜ、函館~の脚痩せ 函館ですよね。

出来れば、青函連絡船から身を投げて死にたかった。
津軽海峡冬景色を見ながら。

どうかしてたんでしょうか?
私が死に場所に考えたのは、津軽海峡の底にあるという竜飛海底駅か吉岡海底駅でした。
青函連絡船からの身投げが無理なら、この際、津軽海峡の海底駅で列車に飛び込んだらいいと考えていました。

津軽海峡までは、やはり上野発の夜行列車じゃなきゃいけません。
なのに、上野発の夜行列車は、もうありません。
なんなんだ!

仕方がないので、夜行バスで行くことにしました。
人生最後の夜を窮屈な座席に縮こまって、眠れない夜を過ごしました。
夜行バスというのは、カーテンが閉まっていて、どこに向かっているのやらさっぱりわかりませんね。
座席ごとにカーテンで仕切られて、変な空間でした。
カーテンの隙間から、高速道路の街灯の明かりがチラチラ過ぎ去っていくのが、気持ちを逆なでていきます。
狭い空間に横たわっていると、すでに棺桶の中にいる気分でした。

私はいつの間にか眠っていたようです。

朝、ごそごそと人の動く気配に目が覚めて、いよいよ青森に着くのだなと思いました。

青森駅に着くとすっかり明るくなっていて、快晴でした。
駅のトイレで顔を洗って。こんな時でも顔を洗うものなんだなと、習慣ってこんなものかなんて思いました。
すると歯を磨けないことが気持ち悪くなってきて、どうせ死ぬんだから、歯が気持ち悪いくらいどうだっていいのに。

その時、まだ自分は死にたくないのだとわかりました。

 

 

 

家族に申し訳ない日々を送っています

中途半端に生きるのも

辛いものです。
どうせ治らない病気なら

いっそサッサと死なせて

くれればいいのに

そうは問屋が卸さないみたいなのです。

 

 

自分のわがままで

家族に迷惑をかけてしまうこともあり

肩身の狭い思いを強いられています。
家族は、脳の病気だから仕方がないと

私のわがままを許してくれています。
その瞬間は自分ではわからないのですが

正気に戻った時に

家族に申し訳なくて

たまりません。
こんな父親

はっきり言って

いない方がマシです。
そうやってどんどん

自己嫌悪の罠にはまっていく

毎日です。

最近はこんな生活のため

金銭的にもキツクなってきました。
借金が増えるばかりです。
身も心も寒いです。
体の芯から冷えてきます。
ストーブのまん前にいても

こたつに入っても

ぜんぜん体が温まってきません。
病気のせいもあるのかと思います。

私があまりにも寒そうに

しているものだから

家内がおんかつ日和というサプリを

買ってきてくれました。
泣けてきました。
私のわがままで

どれだけ迷惑をかけてきたか

知れないのに

病気だからと労わってくれます。
私がこの先家内にこの恩を

返すことはないのに。
私だって、家内に恩返しできるものなら

やってやりたいですが、

恐らく、というか、100%

ありえません。
私の寿命はそう長くはないでしょう。
時間がありません。
今の私に何ができるでしょうか?
そんなことばかり考えていると

また発作のように

私のわがままが始まります。
これは手の付けようがありません。
私の中の何かが壊れてキレるのです。
家のなかならまだしも

外出中にでもなったら

人さまにご迷惑をかけることになります。
なので、最近は病院へ行く以外

家から一歩も外に出ることができません。
家族も私が家にいるのは大変だけど

よそで暴れられるよりはマシだと

思っています。
やっかいな病気です。

このまま借金で家族みんなの生活が

崩壊する前にはお迎えが来ることを

祈っています。
こんな私でも生きている価値

あるのでしょうか???

 

 

 

悲劇的な難病発症、気づきも遅く生活困窮

私は、500人に1人とも言われる

とんでもない難治性の病を

中年になって発症、発覚し、

将来が全く見えなくなりました。

 

 

 

人間、生きるか死ぬかの

ところまで追い込まれると、

その人の本質がわかる

のかもしれませんが、

今までの価値観すべてを

覆されたショックと、

経済的に困窮しそうなショックで、

人相がまるで変ってしまいました。

 

とても他人に理解してもらえない、

なかなか難しい精神的な病です。

 

仕事、お金、友人、信用、

健康的な外見、

すべて失ってしましました。

金銭感覚も麻痺し、好奇心に駆られ、

数百万の損失をしたと思います。

 

 

病の発見がもっと早ければ、

ここまで酷い状況には

陥ってなかっただけに無念です。

 

脳の障害と言われていますが、

原因不明で治療法も

確立されていないようです。

 

 

 

思えば、今までの生き方が

根本的に間違っておりました。

 

人に必要とされたい、

振り向いてほしい一心で、

他人に物品やお金、

時間や労力をばらまき、

お人好しが過ぎ、

たくさん騙されたりもしました。

 

守るべきもの、

将来の自分や家族のためのものを、

守れませんでした。

 

幼い時から、

親や友人の関心をひきたいのに、

あまり見てもらえないことに

フラストレーションを覚え、

注目を受けていた

小学生時代はよかったものの、

中学校に入ると

ただひたすら自己嫌悪に

陥るようになりました。

 

友達もできず、自分の醜さに

うつむいて過ごす暗い思春期でした。

 

大学に入り、異性と出会うことで

自分の世界が変わりました。

若さを安売りしてしまった

のかもしれませんが、

満たされていました。

 

ただ、お金がなく、

長年借入をしておりました。

 

実家は自営業の失敗で

借金返済に追われており、

そんな親の二の足を

踏むまいと思うべきところが

自分も同じような失敗をし、

金銭感覚のマヒで

同じような地獄を見ることに

なるとは思いませんでした。

 

残高が無くなったところで

ようやく気づき、

今は、住宅ローンの返済が

家計を圧迫していることに気づき、

自身の病状(寝たきりで動けない、

働けない)が深刻化するにつれ、

医療費の問題もあり、

将来が全く見えません。

 

なかなか伝わらない病気のため、

孤独と絶望しかありません。